第6回:ベクトル制御のブロック図とPI制御器を用いた電流制御系の設計

ベクトル制御のブロック線図

 図6.1にPI制御器を用いたベクトル制御のブロック線図を示します。「クラウドモーターシミュレーター β版」には図6.1に示すブロック線図を実装しています。

図6.1 永久磁石同期電動機のブロック線図

※実際の駆動システムでは、コントローラとモータの間に電力変換器があります。また、電力変換器のゲート信号を生成するために、d-q座標の電圧指令値を三相静止座標に変換し、三相電圧指令値を計算する必要があります。三相電圧指令値から電力変換器のゲート信号を生成する方法は様々ありますが、たとえばPWM(Pulse Width Modulation:パルス幅変調)を行う場合であれば、搬送波と三相電圧指令値を比較するといった処理を行う必要があります。「クラウドモーターシミュレーター β版」では、座標変換や変調などの影響は無視でき、電力変換器は指令値通りの理想的な電圧を出力できるものと仮定し、シミュレーションモデルを構築しています。

PI制御器の伝達関数

 d軸電流PI制御器、q軸電流PI制御器、速度PI制御器それぞれの伝達関数を以下に示します。なお、電流制御器はACR(Automatic Current Regulator)、速度制御器はASR(Automatic Speed Regulator)と表すこともあります。
$$
\begin{align}
\large G_{d}(s) &= \large K_{pd}\frac{1+sT_{id}}{sT_{id}} \label{d軸ACR伝達関数} \tag{6.1}\\
\large G_{q}(s) &= \large K_{pq}\frac{1+sT_{iq}}{sT_{iq}} \label{q軸ACR伝達関数} \tag{6.2}\\
\large G_{s}(s) &= \large K_{ps}\frac{1+sT_{is}}{sT_{is}} \label{ASR伝達関数} \tag{6.3}\\
\end{align}
$$
ここで、\(K_p\)は比例ゲイン、\(T_i\)は積分時間を表し、添え字の\(d\)、\(q\)、\(s\)はそれぞれd軸ACR、q軸ACR、ASRを表します。

PI電流制御器のゲイン設計方法

 図6.2に電流指令値\(i^*\)から出力電流\(i\)までのブロック線図を示します。\(G_{ACR}(s)\)、\(G_{Motor}(s)\)、\({G_i}^c(s)\)はそれぞれ、電流制御器の伝達関数、モータの伝達関数、電流制御系の閉ループ伝達関数を表しています。なお、ここでは簡単のため、非干渉制御によってd-q軸間で干渉する速度起電力は完全に打ち消されると仮定します。

図6.2 電流指令値から出力電流までのブロック線図

※「第5回:永久磁石同期電動機のブロック線図と非干渉制御」の「非干渉制御の注意点」でも述べたように、実際には速度起電力の影響を打ち消すためには工夫が必要です。

 図6.2のブロック線図から電流制御系の閉ループ伝達関数を求めると以下の式となります。
$$
\begin{align}
\large \frac{i}{i^*} &= \large {G_i}^c(s)  \nonumber\\
\large &= \large \frac{G_{ACR}(s)G_{Motor}(s)}{1+G_{ACR}(s)G_{Motor}(s)} \label{電流制御系の伝達関数} \tag{6.4}\\
\end{align}
$$
 (\ref{電流制御系の伝達関数})式を計算すると、2次系の伝達関数となります。このような場合、電流制御系の比例ゲインや積分時間を設計するためには以下の2つの方法が考えられます。

  1. 二次標準形と比較し比例ゲインと積分時間を設計する方法
  2. モータの極と電流制御器の零点が打ち消し合うような積分時定数を選び、所望の一次遅れ応答となるように比例ゲインを設計する方法
  3. ※極:伝達関数の分母多項式の特性方程式の根、零点:伝達関数の分子多項式の特性方程式の根

 図6.1に示すように電流制御系は速度制御系の内側や、電圧制御系の内側など、マイナーループとしてあたえられることが多くあります。このような場合、伝達関数の分母多項式の次数が低い方が上位の制御系の設計が簡単です。1の方法では電流制御系の伝達関数は2次系、2の方法では電流制御系の伝達関数は1次系となります。そこで、ここでは2の方法でゲイン設計を行います。
 一次遅れ応答となる比例ゲインと積分時間はそれぞれ以下の式となります。
$$
\begin{align}
\large K_p &= \large \omega_c L  \label{比例ゲイン} \tag{6.5}\\
\large T_i &= \large \frac{L}{R} \label{積分時間} \tag{6.6}\\
\end{align}
$$
ここで、\(\omega_c\)は応答角周波数(遮断角周波数)です。以下、導出方法を簡単に説明します。

●導出方法
 まず、電流制御系の一巡伝達関数\({G_i}^o(s)\)を以下の式で表します。
$$
\begin{align}
\large {G_i}^o(s) &= \large G_{ACR}(s)G_{Motor}(s)  \nonumber\\
&= \large K_p K_m \frac{\alpha_m(\beta_c+s)}{s(\alpha_m+s)}  \label{一巡伝達関数}\tag{6.7} \\
\end{align}
$$
ただし、\(\beta_c\)は伝達関数\(G_{ACR}(s)\)の零点、\(\alpha_m\)は伝達関数\(G_{Motor}(s)\)の極、\(K_{m} = \frac{1}{R}\)です。ここで、\(\beta_m\)は任意の値に設計できることに着目します。(\ref{一巡伝達関数})式において、\(\beta_c\)=\(\alpha_m\)を実現できれば、一巡伝達関数は単なる積分要素となります。
 次に、\(\beta_c\)=\(\alpha_m\)を(\ref{一巡伝達関数})式に代入し、閉ループ伝達関数を求めると以下の式となります。ここで、\(\beta_c\)=\(\alpha_m\)を実現するためには、積分時間を(\ref{積分時間})式とする必要があります。
$$
\begin{align}
\large {G_i}^c(s) &= \large \frac{K_p K_m \alpha_m}{s+K_p K_m \alpha_m}    \nonumber\\
&= \large \frac{\frac{K_p}{L}}{s+\frac{K_p}{L}} \label{極零相殺した閉ループ伝達関数}\tag{6.8} \\
\end{align}
$$
 最後に、(\ref{極零相殺した閉ループ伝達関数})式を遮断角周波数\(\omega_c\)の一次遅れ伝達関数と比較します。遮断角周波数\(\omega_c\)の一次遅れ伝達関数は以下の式で表すことができます。
$$
\begin{equation}
\large G_{1}(s) = \frac{\omega_c}{s+\omega_c} \label{一次遅れの伝達関数} \tag{6.9} \\
\end{equation}
$$
(\ref{一次遅れの伝達関数})式と(\ref{極零相殺した閉ループ伝達関数})式を比較することで、(\ref{比例ゲイン})式を得ます。

※「クラウドモーターシミュレーター β版」では、ゲイン設計の自動計算機能を用意しています。「コントローラ」を選択し、「電流制御器」または「速度制御器」を選択後に青字の「自動計算」ボタンを押すと、入力した応答となるような比例ゲインや積分時間をモータパラメータから(\ref{比例ゲイン})式、(\ref{積分時間})式に基づいて計算します。